修羅


 
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修羅の瞳は銀のいろ
見るものすべてを すいこむような――


とびらの前に立ち止まり
ふう と八雲は息をつく
それから八雲はいつものように
如月を見やって微笑んだ
「着いたな」──

八雲の瞳は碧のいろ
如月はいつもこう思う
八雲の瞳はどうしていつも
あのように優しくたゆとうのだろう
それから八雲の白い手が
一瞬如月の髪にふれ
そうしてとびらを一気に開けた


修羅は小さな窓を背に ひとり俯き座っていた
陽の光りが修羅だけを 影と残して
部屋の真中にふりそそぐ──

「おう」
顔を上げ いつものように口元に
少し笑みをふくませ修羅が言う
修羅の髪は黒のいろ
闇より深い漆黒の
額を太い麻布で しばりつけているものだから
それはまるで炎のよう 黒く燃え立つ炎のよう
「また会えたな」
修羅の瞳は銀のいろ
影の真中に鋭く光る

八雲と修羅は いだき合う
「どうであった 異の国は」
修羅の瞳に陰が落ちる
「変わりもせず ひどいものだ
しかし今の戦いの世 いずこも同じものかも知れん」
修羅は如月の方を向く
「楽しいひとときであったか?」
如月は微笑む しあわせそうに
そのくせ何だか悲しそうに
碧の瞳の優しい八雲は そんな如月に微笑みながら
束ねていた麻紐をするりととくと
見事な金の 金砂のような
髪が波打ち ゆらめいた
碧の瞳と金の髪
八雲は天上の者のように美しい──

「おう そうだった」
立ち上がり 懐から赤い包みを出して修羅は言う
「かの国は俺の生まれた地
何もないが 祝いの土産だ 如月に」
驚きに瞳輝かせて如月が 赤い包みの封をとくと
幾本もの髪どめが現れた
「おお これは異の国の 女の方達が髪を結う
大切な髪どめの品ではないか
何とこれは貴重なものを
ありがとう修羅
しかし私に結えるだろうか?」
口元に笑みをうかべて修羅が言う
「かの国の結いは独特だ
なあに俺が結ってやるさ」

「ところで木晩はどうしたのだ?
ずっと共だと思っていたが」
やわらかな声で八雲が言う
「おう かの国までは共にいたが
ここに着く前立ち寄った 義姉の元で長居をするので
それじゃぁと俺だけ ひと足先に
ここに戻ったというわけさ」

大事そうに髪どめを 手に取りながら如月は言う
「木晩は心すこやかな子
まだあんなにも年若いのに
敵に捕らえられ殺された 修羅の兄
木晩の姉様の夫君の かたきのためとあのような
か細い腕に剣を持ち……
御傷心に体も病まれた姉様の 元に少しでも長く居て
心なごませているにちがいない」
修羅は窓の外を 遠くを銀の瞳で見る──

かたりと八雲が立ち上がると
ふわりと金砂の髪がゆれる
「修羅」
八雲の声が部屋に響く
「如月の髪を 結ってやってくれるだろうか
私はしばしその間 彌勒のもとに居ようと思う」
如月の瞳は 綺羅ときらめく瑠璃のいろ
その瞳がほんの一瞬 沈んだように見えたのは
陽の逆光のいたずらか──


彌勒を如月は 良くは知らない
同じ村で育ちもしたし 年恰好も似てはいたが
八雲の異母妹の はかない彌勒は
生まれついての病弱で
ほとんど外に出なかったから──
時おり気分のすぐれた時に 外で陽の光りを楽しむ姿は
如月と同じ髪のいろ
そうして瞳さえ同じいろで
驚いたのを覚えている
ただ 顔色は透きとおり
愛らしく美しくはかなげで
お人形様のようだった
だれもが彌勒を愛したけれど
それは神様も同じこと
今の木晩にもならぬ間に
黄泉の国へと導かれた
その日の八雲の悲しみは 村中を霧のようにおおいつくし
今思いかえすも 耐えられない


「彌勒か……」
ぽつんとそうつぶやくと
笑みをうかべて修羅は言う
「さあお姫様 髪を結ってさしあげよう
ここに座って じっとせよ」
如月の髪は不思議ないろ
春の嵐のような灰青いろ
修羅が触れたその瞬間
如月はなぜか いいようもない
あふれるような感情に 思わず瞳を伏せ下を向く

だがそのすぐあとには顔を上げ
瑠璃いろの瞳をゆらめかせ くすりと笑ってしずかに言う
「全く修羅はおかしな男だ──色々な事が出来るんだな」
修羅の銀の瞳が微笑む
「おかしな男はないだろう──かの国で生き延びるには
こういう事さえ したという訳さ」
静寂 ただ如月の
髪のさらさらいうだけの
陽はあいかわらずやわらかに
部屋の真中にふりそそぐ


「さあ出来上がりだ」
手鏡を覗くと その中には
異の国の女の髪をした
いつもと違った自分がいる
「かの国の女は皆 俺のような黒い髪ばかりだが
なに 良く似合っているぜ」
そう言うと修羅は 小さな窓のそばに行き
眩しい光りに瞳を細め 大きく手を挙げのびをした


「修羅」
小さな声で如月が言う
「私は……きれいか?」
一瞬時がとまったように 空気がひやりと流れたが
すぐそのあとに にやりと笑い
銀の瞳をきらりと光らせ 修羅は言う
「おう 八雲は役得だぜ」

如月は動かない
窓の遠くに瞳を向けて 修羅は低い声で言う
「この末法の世に生まれ落ちたが運命か
お前のような女まで 剣を持ち戦わなければならぬとはな──
血族すべてを惨殺され 孤独となったお前だが──
だが 今こうして
金の髪の八雲にみそめられ
この戦いの 旅が終われば夫婦となる
約束を交わしたとあったなら
誰もがお前をうらやむさ」
修羅はいつもと変わらぬように 笑みを浮かべて如月を見る
そして低い声で言う
「八雲はいい奴だ
お前はしあわせだぜ」

如月は修羅を見る
そうして微笑みはするのだが
またすこおしうつむいて そのまま修羅に背を向ける
如月の 綺羅の瞳は深く沈んで
そうして沈黙──


「修羅」
如月が言う
「私は駄目だな」
修羅は動かない
「本当に……値しないな……」

修羅の銀の瞳が鋭く光る
「何言ってやがる」 低い声──

如月は顔を上げない
「お前がそばにいることを 疎ましく思う男なぞ
この世のどこにもいやしねえさ」
はきすてるようにこう言って
それから如月の方を向き 笑みをうかべて修羅は言う
「さあ顔を上げな
せっかく結ってやったんだ 彌勒の墓の元にいる
八雲をはやく呼びに行き
そして八雲に見せてやれ」

「ありがとう……修羅 ありがとう……」
うつむいたまま そう言うと
如月はようやく顔をあげる
すると思わずそのはずみか
ゆらゆらゆれる片方の 瑠璃にきらめく瞳から
ちいさな雫があふれ出し
するりと頬をつたわった

あわてて如月は涙を拭うが
それより先にその雫は
陽の光りにてらされて
修羅の銀瞳に反射する──


修羅はしずかに歩みより
何も言わずに如月を見る
修羅の瞳は銀のいろ
底知れぬ湖のように 人を魅る
それはまるで恐怖のような 名状しがたい感情に
如月はおもわず瞳を閉じた
その一瞬に如月の うす紅いろのくちびるに
修羅がかたくくちづけた──

如月のちいさな肩がぴくりとふるえ
なだめるように 修羅の手が そのやわらかな腕をつかむ
部屋の真中を陽がてらし
あるのはただ 胸の鼓動
夢のような 夢のとき──


静かに修羅は離れると
銀の瞳で如月をみつめ
そうしてそれから いつものような
低くて鋭い声で言う
「さあ 八雲を呼びに行け」

うつむきしばらくだまっていたが
つぶやくように 如月は言う
「わかっている……でも もうすこし
ここにいさせてくれないか……」
修羅は表情をすこしも変えず
窓の外へと視線を向ける


「修羅!」
とびらが勢いよく開き 元気な娘の声が叫ぶ
外気と共に飛び入って来たのは
秋の陽をいっぱいにあびた はしばみいろの髪をふわりとなびかせた
木の実のいろの瞳の木晩──何と眩しく愛らしい
「あっ……如月姉様……」
ほんの一瞬木晩の 大きな木の実の瞳の光りが
沈んだようにも思えたが
それは全くまちがいと 思うばかりの元気な声で木晩は言う
「如月姉様! 修羅の国のひとのよう!」
木晩はまた一段と大人になり
そうして美しくなったと思うと如月は
驚くと共に優しいきもちで一杯になり
やわらかな声でこう話す
「祝いの土産とこの修羅が 異の国より持ち帰った髪どめで
今こうして結ってくれた」
また──同じようにほんの一瞬
そしてまた同じようにすぐ
はしばみの瞳は輝き 木晩は明るい笑顔で言う
「なんてきれい! 如月姉様
とっても似合っておられるよ!
それにしても修羅ってば 一緒に異の国に行ったって
私には髪どめなんて買ってもくれない!」
にやりと笑って修羅は言う
「おう この結いは女の結いだぜ
お前のようなねんねには この先十年要りゃしねえ」
「何だって!」
つかつかと修羅の方へ
髪なびかせて 歩み寄ったと思ったら
木晩は修羅の右の頬を 力いっぱいつねってみせた
「いってえ! なにしやがるんだ」
「私だってあと3年もすれば きっと如月姉様みたいにきれいになる!」
からかうように修羅は言う
「おう お前の姉さんは お前の年にはもうすっかり
村一番の美しさと 評判だったらしいがな」
「何だ 修羅ってば!」
ぷいとふくれてつかつかと 部屋の隅に来たかと思うと
木晩はちいさな腰を下ろし
修羅など知らぬというように ふわふわ乱れた髪を束ねだす
ふふんと修羅は軽く笑うが
そんな木晩のふるまいを 眺める修羅の銀の瞳は
たとえようもなくおだやかで
そんな瞳を見る如月も とてもやさしい気分になり
そうして次には悲しくなる──


またぱたんととびらが開く
「八雲兄様!」
振り向いて明るく木晩が叫ぶ
「やぁ木晩 戻ったのだな
木の実の瞳の かわいい木晩
修羅とは楽しい旅であったか?」
「なんだ修羅なんか!」
ぷいとむくれて木晩は言う
「八雲兄様の 爪のあかでも飲めばいい!」

そんな木晩を おやおやというように
微笑みみつめる八雲の瞳の そのなかに
ほんの少しの悲しみを ふと見た修羅はどきりとする
あれは……あれは彌勒への
彌勒をなくした悲しみではない──
そうしてすべてがゆっくりと
ずしりと修羅の胸に落ちてゆく──


それから八雲がくるりと 如月の方へと顔をむけると
髪がふうわりと波をうつ
八雲の髪は金の砂
陽の光りを一身に受け
ただ 輝くためにあるような──

「これは何と良く似合う
綺麗な如月 修羅に良く礼を言ったか?」
頬に優しく手をやって いつもと全く変わらぬように
八雲は碧の瞳で如月を見る
おだやかに たとえようもなくいとおしげに──
「あぁ……」
やさしく 静かに 如月が言う──


「短いひとときであったがそれも終わり
こうして四人が揃ったなら また戦の旅のはじまりよ」
波うつ金の 金砂のような
髪を麻紐で束ねながら
八雲は静かにこう言った


如月が頭に手をやって ひとつの髪どめをするりと抜くと
はらりと髪がたれ落ちた
ひとつひとつとはずされた 髪どめを如月は大切に
袋の中に入れてゆき それを懐にしまい込む
そうしてその不思議ないろの 髪を麻糸で束ねるのだが
その間修羅を如月は見ない
修羅はというと下を向き 何かを考えていたかのようだが
すっと顔を上げたと思うと
鞘の剣を確かめるように
柄をぐっと握り締める
するとその銀の瞳に 恐ろしいような閃光が
ぎらりと光り輝くのだ──
「では 行く!」


八雲の瞳は碧のいろ
瑠璃に光るは如月の瞳
木の実のようなは木晩の瞳
そうして
修羅の瞳は銀のいろ

その誰もの瞳から
悲しみの色が消え去らないのは
戦いの世に生まれた運命のため
この世の修羅の故ばかりではない──


「……ばかやろう……」
歩みながら 心のなかで
修羅はひとり はきすてた──


 

-end-




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