-presented by Ms. Utsughi-

小真珠 この作品は『言の葉砂漠』の宇津木さまより賜りました
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小真珠





――ああ、またここにも欠片が

 きらり、とはいかない。鈍い光を放つそれは、拾い上げれば刃の切先。
 黒く染まった部分は土で錆びたか、誰かの血か。
 視線を先に向ければ、かつては血で染まったかもしれない、炎に染められたかもしれないその湖は、
ただ暗く。何事も無かったかのように、あるいは何事も飲み込んでしまったかのように、
水面をゆらゆらと漂わせるだけ。
 その城跡残る湖畔に立ってエノラは、思わずにはいられない。

 何故、人は王になるのか――、と。

 幾人の王を見たろう。
 そして幾人の王が、死ぬのを見たろう。
 王になるべく育ち、そして王になった者もいた。
 平民に生まれながらも、王になった者もいた。
 王位を簒奪して王になった者もいた。
 そして彼女が、王になれと強要して王になった者もいた。
 エノラは思う、――誰も幸せではなかった、と。
 あるいは幸せだと思い込んで、幸せを知らずにいたと。

 王は民を想い、民を憂い、民を慈しみ、民を虐げ、民を殺し、そして民に――殺される。
 民は何度も王を殺し、王制を廃するのに、いつの日か必ず強者を求める。自分の上に立つ存在を。
神のような絶対の存在を。
 王とて人。それほど強くは無いというのに……。

 ふと気づけば、城跡に薄く見えるは、まるで王の影のよう。
 その姿があまりに切なく儚いものだから……つい、エノラは彼に向かって叫んでいた。

 ――王よ何故!?
 何故あなたは王になったのだ?

 答える声はない。
 だがしかし、その影はすっと笑みを浮かべたと思ったら、ゆっくりと、その右手を空に掲げた。
 エノラがつられるように視線を上げたその先に――


  光が


 それは断罪の矢のように
 あるいは、輝かしい栄光のように
 あるいは、天国への階段のように
 あるいは、繁栄の証のように
 あるいは、ひととき許された安らぎのように、降り注ぐ
                  ――しかしそれは全て一瞬の夢

 流れるように、その光は彼女から消えてゆく。
 しかしそれでもなお彼女はしばし宙を見つめ、やがて
 
 ――ああ。
 
 と感嘆のため息を漏らした。
 視線を城に戻せばその廃墟の上を、遊ぶようにゆらゆらと、たゆたうように光の帯がひらめいている。

 ――この瞬間のために。

 頬を冷たい涙が流れ落ちるそのわけを、エノラは知らない。

 ――ならばもはや、何も言うまい。
 ただ王よ、安らかに眠れ――

 もはや人の影すら見えないその湖畔を、エノラは静かに後にした。
 湖畔はただゆらゆらと、光はただひらひらと、誰もいなくなった場所でたゆたう。誰もいない、夢の跡で。






-end-




宇津木さま、素晴らしい作品をありがとうございました!


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