冬─ぬくぬく





ことりがね、おまどでね……


幼稚園のころのこと
駅前の音楽教室でオルガンを習っていた

となりのひとつ年下の
ちひろちゃんと一緒に

良く覚えていない
音楽教室は何曜日だったっけ?

土曜日だった? そんな気がする

冬にはマフラー巻いて、そうして手袋が必需品
かじかむと手がロボットみたいに
がきんごきんになって
オルガンどころか
ぐーちょきぱーもできなくなって大笑い

ちひろちゃんを誘ってゆく
ちひろちゃんのママと、私のお母さんも一緒

オルガンは好き、面白い

でも冬にはもうひとつ特別の楽しみがあった

駅の入り口に出る、お店
「ぬくぬく」のお店

音楽教室が終わるとそこで
ひとつだけ買ってもらえる

てぶくろを取って手に取ると
わさわさ音のする紙にひとつずつ入れられた
「ぬくぬく」は、それでもまだあついくらい

ちひろちゃんと一緒に食べる

ひとくち。
ふわぁ、と湯気があがる

甘い。

食べながら歩く

「ぬくいねえ」
「うん、ぬくい」

あったかい

いつもは許されない食べ歩き
だからかな
なんだかよけいに
あったかい


一年で音楽教室は卒業し
ちひろちゃんが引っ越して

私のオルガンがピアノに代わり
そうして「ぬくぬく」の楽しみがなくなった


その後随分時が経ち
ちひろちゃんは音大に進んで
ピアノの先生になったと聞いた

私は進路を決める高二のとき
ピアノを既にあきらめていた



今も回転焼き*の出店を見ると
きぃんと耳が痛い冬の日の
湯気のたつ「ぬくぬく」を
ふたり並んで歩いて食べた
甘さとあったかさを思い出す

ほんのすこしの違った味を
織り混ぜながら思い出す──




注:「回転焼き」=「今川焼き」「太鼓まんじゅう」


-end-



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