これは、月と狼の物語である。
“修羅” を書いたのは夢を見たからだった。
夢はほんのワン・シーンだった。漆黒の髪の男が小さな暗い部屋で俯
き座っている。女性が一人その部屋に入る。俯く男が顔をもたげると、
引き込まれるような薄いブルーの瞳がぎらり、と闇に光るのだ。
その男は丸太でできたような粗野な机に、真っ赤な和紙の包みをじゃ
らりと置く。それは野蛮なほどごつごつした、まるで火箸のような鉄の
髪どめだった。そしてどういう訳かその男女は固くくちづけをする。
その後扉が開いて部屋に光りが差し込んだかと思うと、まるで光の化身
のような、長い銀髪をなびかせた、金の瞳の男が入って来た。その途端
に目が醒めてしまった……!
私は夢を、これは夢だと分かっていながら眺めている事がよくある。
この時も正にそうだった。
夢の中では誰も、一言もしゃべらなかったと思う。しかし、どういう
訳か黒髪の男の名前は“修羅”だと分かっていた。では銀髪金瞳の男の
名は……? どこからか、“八雲”と答えが返ってきた。八雲……。あんま
り良い響きじゃないなぁ。小泉八雲じゃないんだからなぁ……。何か意味で
もあるのかなぁ。私は少々落胆した気持ちで辞書を引いた。八雲…… “幾
重にも重なった雲”。これでまた一気に引き込まれた。
修羅の俯く姿、頭をもたげる場面は、瞳の色こそ違うが漫画 “幽★遊
★白書” に出て来る魔界の国王、闘神雷禅の出方そのままである。(当
時はまだアニメでしか見た事がなかった。)白髪の雷禅は丸腰だが、黒
髪の修羅は腰に剣を持っていた。それで、これは戦いの物語なのだと考
えた。
TVゲームのRPGというのは面白い。様々な設定の世界を戦いなが
ら旅し、様々なドラマを見、最終的には大ボスを討って大願成就となる。
ゲームを面白くする為、味方はたいてい3〜5人のパーティを組む。ゲ
ームの中ではこれらの仲間はいつも平穏だが、本当ならこの中にこそ、
様々な想いや葛藤が生まれるだろう。そんな考えも、発端である。
修羅の瞳を銀色にするのが最初の作業。銀がダブる訳にいかず、何よ
り好きな銀髪を金に変えるのは悲しかった。名前に雲、月、木が揃った
のは気に入っている。修羅、彌勒、久遠と仏教用語が続いたのは偶然で
全く意味はない。
八雲と修羅は、その登場からして “光と影”、強烈な好対照であった。
だが光と影は、一人の人間の中にも共存する。強く壮絶なまでに美しく、
英雄でさえある八雲は、そうであればある程心に深く影を落とす。忌ま
わしい者と蔑まれ育った獣のような修羅は、その光る瞳であらゆるもの
を魅了する。基本的に、人は破壊と慈悲の混沌であるという事、つまり
は光と影を合わせ持つという事。そういう在り方にとても魅かれた。そ
して、いとおしいものが存在する、その事こそが悲しみにつながる。そ
ういう世界を、破壊の象徴である戦いという、無益で、しかし人間には
きっと不可避で、しかも魅惑的なものの中で描いてみたいと思った。
亜魏に攻め入った彼らは、見事大願成就成すのだろうか。私の頭の中
では、修羅と如月は敵と相討ちに終わる事になっている。だがそうなる
と、木晩はまだ良いとして、陽だまりである2人を一気に失った八雲は
どこへ行ってしまうのだろう。これはかなり、つらい。つらいので、違
うエンディングを考えるが、どうもうまくまとまらない。
“破壊と慈悲の混沌” というのは、漫画 “風の谷のナウシカ” に出て来
る言葉である。性善性悪を通り越した人間の本質をついた、凄い言葉だ
と思った。つまり結局のところは “ナウシカ” と “幽白” への憧れがこ
の “修羅” だった、のかな?