こん、こん、こおん。 朔からずっと、一葉、ひとはと、 枯れ葉を並べ、数えて待った、 ほうら、東の山のうえ 銀の鼠の空のいろ どんどん暗くに色朽ちて そのうちに、ふと頭の先を出したかと 思えば大きな真円の、姿形をすっかりと 美空の上に はじめはぼやり、枇杷茶(びわちゃ)のいろに それから高く、天高く のぼるほどには、白銀に。 そうさ、やれとも、今宵がこそは 待ちに待ちたる神嘗月(かみなめつき)の、 ただひとたびの満月(みつげつ)よ。 おうとも、此度(こたび)の十五夜月の 妖たるひかりのそのもとに 踊れ、踊って、舞い舞おう。 昼日中(ひるひなか)にも、黄金の、 波と稲穂は冷たさを、日々増す風に、なびいてそれは “海”のごとく、と、見た事も、ないものの名を 老長(おいおさ)は、流石に物知りな。 そうなのか、そうでないのか、どちらにせよ こやつらは、稲を護る、神の使いであるからと 普段は銃(つつ)持つ、あな恐ろしい、ヒトどもも、 稲穂のなかにさえ居(お)れば ひとつの手出しもせやせずに 金の稲穂のなかに戯る、我らのそのさまを、 まるで踊りを舞うような、と、称するけれど。 こん、こん、こおん。 我らの真(まこと)の踊りなど そんなものではなかりとて。 神舐の、十五夜月の月明かり そを浴びてこそのこの毛並み 黄金と輝く、蘇比(そひ)のいろ 身にまとえるのさえ、御存知ない。 そを浴びてこそのこの命、この能(あた)い 会得し、継ぎゆくも、御存知ない。 さあ、踊れ、踊れや踊れ。 ぴょんと跳ね、くるりと身を翻せば 真白き尾先の、ふうう、と後を引くさまを 狐火だとか何だとか 全くもって、可笑しき事このうえもない。 踊れや踊れ、舞えよ舞え。 その姿を見たくばお出で 止めなどはせぬ 決め事の、たったふたつを守れるならば。 ひとつに 我らの邪魔を、決してしないように。 声音ひとつ、月影ひとつもいわずもがな。 そうしてひとつに 目にしたことを、決して誰にも漏らさぬように。 神舐の、望月のひかり、存分に 躯中に、その芯の、芯たる奥底に沁みいるまでに 首筋、くうと持ち上げて 白い尾先の、ふわりふわりと、月光浴。 見様見真似の立居振る舞い、その姿も初々しい この秋に、乳離れした者達には尚更に やがて襲い来る、初霜の 世界の真白(ましろ)に鎖(とざ)される 辛く長き季節の前の 大切な、大切な宵祭り。 のう、ヒトたる御前たちには、もう既に 一月前の、菊開けの月 同じ十五夜の、満月見上げ 醸しの酒など酌み交わし 宴に月見を楽しんだ筈。 それでも尚 まだ、目にしたいと思うなら 信太(しのだ)の森の奥深く 明かりのひとつも灯さずに そおろりと、木陰より覗きみれば可(よ)い。 禁忌はただふたつ。 さあ、出来ようか、守れようか。 確たる自信のなくば、止(よ)すが善し。 聞き及ぶだろう、憑くとか、憑かぬとか、 そも、そちら側の、身勝手な言い種(ぐさ)なれど。 ただ、じっと、眼(まなこ)に焼き付け 墓場まで、持ちゆくだけの、それだけが。 不思議よ、不思議、ヒトたる生き物とは、さても。 こん、こん、こおん。 こん、こん、こん。 舞えや舞え、踊れや踊れ。 雲流れ、流れて十五夜の月のもと。 信太の森の、宵祭り。 |