梅か……。
こんな処にただ一本とはな。
身の丈の、随分とまだ低い木の、
夕映えに尚、紅の鮮やかなるを
綺羅の雪氷に封じ込められたか。
すうと、指先に掬い退ければその途端、
修羅は、ぞくりとその手を止める。
何だ……この雪解けの足下に
音ひとつせず、だと?
驚き見れば年端も行かぬ、
また少年とも少女ともつかぬ、
雪のいろ全てを吸い取ったかの
髪に顔片方を埋め
また片方に、見遣る瞳の、紅梅とまごうかの。
眇(すがめ)の白子……か。
「可いのか。」
「明晩には両親も戻り来るのですけれど。」
ぱち……。
囲炉裏の火が爆ぜる。
「お酒はお召しに?」
「あぁ、あれば体が温まる。」
「お待ちを。」
立ち上がり様、ゆらと髪の揺らいで見えた、
それは底のない洞(ほら)のような、痛ましい。
「これは……旨いな。」
「発酵の、殊の外上手くと、両親が。」
とく、と注がれる、白濁の、とろりと、芳醇な。
何だろう、この薫りは、えもいわれぬ。
微睡(まどろ)みの襲う、あぁ、酒か、酒の故か。
微笑みの覗く、慈しむかの。
朝霧に、ふと気付けば暖かき
幾重の布にくるまれて
童子(わらし)の影もなく、ただ徳利と杯の其処に。
立つは梅。
ああ、洞はその、種の在処であったのか。
その日、修羅は見出す、導かれるかに、
探し探した、子夜谷を。